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作曲は、必ず、何らかの伝統における「基本的な」知識を前提としている。だが、その「基本的な」知識をそのまま(大抵の場合、無意識的に)受け容(い)れてその範囲で作曲する「保守的な」作曲家達がいる一方で、前衛(ぜんえい)主義に代表されるような、新たな音楽の可能性を求める作曲家達は、自らが出発点とした伝統における「基本的な」知識の外に踏み出そうとする。そして、この伝統からの踏み出し――あるいは、「逸脱」と言うべきかもしれない――は、常に、実験的な性質を帯びる。★つまり、非伝統的な素材を用いることによって、あるいは、非伝統的な音構成法を試みることによって、伝統に由来する「基本的な」知識が告げる音楽というもののイメージから逸脱した未知のものが産み出される可能性があり、そして、この未知なるものを相変わらず「音楽」と呼ぶとしても、それがどのような意義と価値をもつ音楽なのかは、判(わか)らないのである。その意義と価値を判断するためには、そこに生まれてきた音楽そのものを吟味してみるほかはない。
私が、自分自身の作曲について語り得ることは、まさにこのこと、つまり、自らが行った実験的な試みの結果として産み出された音楽についての吟味であり、言い換えれば、自分が行ったこととその結果についての自分自身による解釈なのである。
(近藤譲『〈音楽〉という謎』による)
問題新たな音楽の可能性を求める作曲家達の音楽とは、どのようなものか。
1伝統的なイメージから離れた実験的な音楽
2「基本的な」知識を知らずに作った未知の音楽
3「基本的な」知識を元にして作った新しい音楽
4非伝統的だが「保守的な」イメージを失わない音楽
筆者によると、自分自身の作曲について語れることはどのようなことか。
1自身の曲の意義と価値
2自身の方についての解釈
3自身の試みと、曲についての解釈
4自身の作曲過程と、実験的音楽の可能性
答え:13